2018年9月21日 金曜日

細川編集長の徒然想
 
「たまゆら」コラム
 
 
ひょっこりと、こっそりと「たまゆ
ら」コラム再開です。ええと、4月
10日以来の更新です。決して、みな
さんの携帯が故障していたからコラ
ムが更新されなかった、というわけ
ではないですからご安心を。
毎日この「たまゆら」コラムを覗い
てくれてた人もいるみたいだしね。
4人ぐらいの人が。更新しないんで
すか?って問合せしてくれた方々、
本当にお待たせしました。
 
 
たまに、ゆらゆらと書くから「たま
ゆらコラム」そういうことにしとき
ましょか。
でもちゃんと「たまゆら」には意味
があるので改めてここに更新。
「たまゆら」の名付け親はきぼう新
聞に毎月コラムを連載してくださっ
ている徳永浩先生です。
徳永先生が贈ってくださった「たま
ゆら」への思いは心地よい詩のよう
な贈り物でした。
みなさんにもおすそ分け。
 
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「たまゆら」とは、
紐に通した勾玉同士が触れ合い、
すかにたてる音のこと。
それから転じて、
「ほんのしばらくのあいだ」
「一瞬」「かすかな」「はかない」
を意味する古語です。
 
 日々浮かんでは消えるもの。
 でもその中でずっと残るもの。
 
まさに、一日しかアップされないコ
ラムですから、しばらくのあいだし
か読むことのできない文章、そのは
かなさを現します。
けれども一方で、誰かの心に残り続
けるもの、気になり続けるもの、と
なる可能性も秘めるのがコラムです。
大丈夫、「たまゆら」はそれにも対
応します。
なぜなら、「たま」は「魂」に通じ
る音であって、古語で「たま」とい
えば「魂」や「心」を想起するのは
よくあることです。
そして、「ゆら」。
これは「揺らぎ」の「ゆら」ですの
で、つまり「たまゆら」は「魂の揺
らめき」を重ねて意味することにな
ります。
一日だけのコラムが、読者の魂を揺
るがせることはあるものです。
多くははかなく消えていくけれども、
残る物は残る。その人の心の揺らめ
きとして。
「たまゆら」は漢字では「玉響」と
当てますが、ここはやまとことばで
あることを活かして、ひらがな表記
が佳いでしょう。
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うん、うん。ほんといいでしょ。
改めてこうして読んでみて
またこれからも大切にしよって思う。
この「たまゆら」コラム。
 
たま~に、ゆら~と突然現れては、
しょうもないこと書いてますのでね。
 
 
 今日も「たまゆら」コラムに
来てくれてありがとうございます。
 
明日から横浜です。
来週もコラム更新しますね。
 
※「たまゆら」コラムは
日々浮かんでは消えるもの。
でもその中でずっと残るもの。
そんな心の中に存在する
ゆらめく言葉をたま~に
ゆらゆらと綴っています。
出会ってくれてありがとう。
 
 
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