2019年2月8日(金曜日)

細川イラスト
細川編集長の徒然想
「たまゆら」コラム
 
今のこのコラムを読んでいる人は
今日はじめて出会った人かもしれな
いし、もうすでに会っていて、たま
たま久しぶりにきぼう新聞のWEB
サイトを見てみようかなってことで
このコラムにたどり着いた人もいる
はず。

僕はフェイスブックは登録してるけ
ど、友達の投稿を見てるだけで更新
していないし、ツイッターやブログ
やインスタグラムもしていないし、
きぼう新聞の編集長です、とメディ
アを持っているに発信はほとんどし
ていない。

このコラムもここに書いて置いてる
だけで、ここから特に発信もしない。

「ブログ書きました!読んでみてく
ださい!」

とかフェイスブックにでも載せれば
みんなの目に留まるんだろうけど、
いったい何なんだろうね。
自分がやるとなると苦手なのかな。

たまに、ゆらゆらと書くから「たま
ゆらコラム」そういうことにしとき
ましょか。

でもちゃんと「たまゆら」には意味
があるので改めてここに更新。

「たまゆら」の名付け親はきぼう新
聞に毎月コラムを連載してくださっ
ている徳永浩先生です。
徳永先生が贈ってくださった「たま
ゆら」への思いは心地よい詩のよう
な贈り物でした。
みなさんにもおすそ分け。

****************
「たまゆら」とは、
紐に通した勾玉同士が触れ合い、
かすかにたてる音のこと。
それから転じて、
「ほんのしばらくのあいだ」
「一瞬」「かすかな」「はかない」
を意味する古語です。

 日々浮かんでは消えるもの。
 でもその中でずっと残るもの。

まさに、一日しかアップされないコ
ラムですから、しばらくのあいだし
か読むことのできない文章、そのは
かなさを現します。
けれども一方で、誰かの心に残り続
けるもの、気になり続けるもの、と
なる可能性も秘めるのがコラムです。
大丈夫、「たまゆら」はそれにも対
応します。
なぜなら、「たま」は「魂」に通じ
る音であって、古語で「たま」とい
えば「魂」や「心」を想起するのは
よくあることです。
そして、「ゆら」。
これは「揺らぎ」の「ゆら」ですの
で、つまり「たまゆら」は「魂の揺
らめき」を重ねて意味することにな
ります。
一日だけのコラムが、読者の魂を揺
るがせることはあるものです。
多くははかなく消えていくけれども、
残る物は残る。その人の心の揺らめ
きとして。
「たまゆら」は漢字では「玉響」と
当てますが、ここはやまとことばで
あることを活かして、ひらがな表記
が佳いでしょう。
****************

うん、うん。ほんといいでしょ。
改めてこうして読んでみて
またこれからも大切にしよって思う。
この「たまゆら」コラム。

たま~に、ゆら~と突然現れては、
しょうもないこと書いてますのでね。

今日も「たまゆら」コラムに
来てくれてありがとうございます。

今日はこれから、きぼう新聞創刊
から応援してくださっている
企業様の集まりで講演に行ってきます。

※「たまゆら」コラムは
日々浮かんでは消えるもの。
でもその中でずっと残るもの。
そんな心の中に存在する
ゆらめく言葉をたま~に
ゆらゆらと綴っています。
出会ってくれてありがとう。
 
 
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